※本記事は、過去にテストライティングとして執筆した原稿をもとに、内容・構成を再編集したものです。
「何がしたいか、まだわからないんです」
50代半ばになった今、若い部下にそう相談されると、思わず笑ってしまう。かつての私も、同じことを30代で悩んでいたからだ。
明確な「やりたいこと」なんて、なかった。それでも私は、「とりあえず」を繰り返すうちに、気づいたら”働く意味”に辿り着いていた。
「好きなことを仕事にしよう」「天職を見つけなさい」――よく聞く言葉だが、正直に言えば、私は明確な”情熱の種”を持っていなかった。
それでも、転職を繰り返すなかで気づいたことがある。転職とは、経験を積む旅であり、完璧な答えがなくても一歩を踏み出すことにこそ意味があるということだ。
ソウルで始まったキャリア ― そして30歳で見えた現実
私の社会人生活は、韓国・ソウルでの日本語講師としてスタートした。海外で働くことが夢で、日々が挑戦の連続。異国の地で教壇に立つ自分に、少しの誇りも感じていた。
しかし30歳を迎える頃、ある現実に気づく。
「日本人が外国で長期間働き続けるには、限界がある」
結婚の話も進み、日本でのキャリアを見直す時期が来た。帰国を決めたあの日、空港へ向かうタクシーの中で、「私はこれから何をすればいいんだろう」と漠然とした不安を抱えていたことを、今でも覚えている。
夢と現実のはざまで悩みながら、私は日本へ戻る決断をした。
「とりあえず」で始めた仕事が、すべての始まりだった
帰国後は「語学を活かす仕事」を探したが、理想通りの求人にはなかなか出会えない。そんなとき、目に留まったのが派遣の求人――「ハングルと英語で電話対応をする」という仕事だった。
「翻訳じゃない。通訳でもない。でも…語学は使えるかな」
理想とは少し違ったが、「とりあえずやってみよう」と思い応募した。
深く考えたわけではない。むしろ、「これがベストな選択かどうか」なんて、当時の私にはわからなかった。ただ、「何もしないよりはマシ」と思っただけだ。
でもこの”とりあえず”が、結果的に私のキャリアを大きく変えた。
「とりあえず」が、キャリアの土台になった
お客様対応で必要とされる説明力や聴く力が、講師時代の経験と結びついたのだ。電話の向こうの相手が何を求めているのか、どう伝えれば伝わるのか――その感覚は、海外で培った「言葉の壁を超えるスキル」そのものだった。
派遣として5ヶ月働いたある日、上司に呼ばれた。
「契約社員にならないか?」
正直、迷った。派遣なら3年で次へ進める。でも契約社員になれば、この会社に「属する」ことになる。
「ここで腰を据えていいんだろうか」
そんな不安と、「必要とされている」という嬉しさが入り混じる複雑な気持ち。
でも結局、私は引き受けた。理由はシンプルで、「この仕事、嫌いじゃなかった」から。
完璧な答えはなくても、目の前の選択を”肯定できる理由”があれば、それで十分だと思ったのだ。
そして1年半後、正社員登用の話をいただいた。
最初は”とりあえず”だった仕事が、2年後にはキャリアの基盤になっていた。
派遣社員時代に結婚した ― 完璧じゃなくても、人生は進む
派遣社員として働いていた頃、私は結婚した。
「正社員になってからの方がいいんじゃない?」
そんな声もあったが、妻は「焦らなくていいよ」と言ってくれた。
完璧なタイミングなんて、ない。でも、支え合える相手がいれば、不完全なままでも前に進める――そう思えたのだ。
そして契約社員になったタイミングで、私たちは一緒に暮らし始めた。
雇用形態が変わっても、日々の業務はほとんど同じ。それでも、「直接雇用になった」という安心感は、生活の面でも心の面でも、確かにあった。
「働き方」は、自分だけの問題じゃない。家族との生活や、将来への安心感とも繋がっている――そう実感したのは、この頃だった。
派遣という働き方にも、いくつかの”分岐点”がある
派遣社員として働くうちに知ったのは、「派遣にも次のステップがある」ということだった。
通常、同じ職場で働けるのは最長3年。その後は、
・クライアント企業への転籍(正社員・契約社員)
・派遣会社の”無期雇用派遣”として継続勤務
・同じ派遣会社で別部署へ異動
といった選択肢が生まれる。
「派遣は不安定」と言われることもある。でも実際には、丁寧に仕事を積み重ねることで、道は開けていくのだと実感した。
派遣から契約社員へ ― 雇用形態が変わっただけ
派遣から契約社員になったとき、正直に言えば「仕事の内容はほとんど変わらなかった」というのが実感だ。
派遣社員は派遣会社に雇われ、別の企業で働く。一方で契約社員は、その企業に直接雇われる立場。雇用形態や給与体系、福利厚生などは違うが、日々の業務で求められることは基本的に同じだった。
どちらも、「任された業務を期限内に正確にこなすこと」。丁寧に、正確に、責任を持って――そのプロ意識に、派遣も契約も変わりはない。
では、何が本当に変わったのか?
それは、正社員になったときだった。
正社員として働くということ ― 求められる視点が根本的に変わった
正社員になると、仕事に対する意識がまったく違うものになった。
派遣や契約社員の頃は「与えられた業務をきちんとこなすこと」が中心だった。でも正社員には、「会社の目標にどう貢献するか」が求められる。
目標を設定し、その達成度が賞与や評価に反映される。会社は、社員一人ひとりがどのように利益を生み出してくれたのかを見ている。
売上・原価・利益を意識しながら、会社全体の成果に貢献する。それがマネジメントであり、正社員の働き方だ。
派遣や契約社員は「業務のプロ」であることが求められるが、正社員は「組織を動かす人」になることを期待される。
もちろん、業務のエキスパートであることは前提。でも、それ以上に大切なのは、組織全体をどう良くできるかを考えて動くこと。
最初は戸惑った。「私にそんなこと、できるんだろうか」と。
でも、やってみたら意外とできた。それが正直な感想だ。
組織を支えるという視点 ― 利益を生み出す仕組みを考える
正社員として働くうちに、私は次のような視点を持つようになった。
・この組織で利益を出すには、何人を配置すればよいか
・その人件費でどの程度の売上・利益が出せるのか
・クライアントとどんな単価交渉をすれば、双方にメリットがあるのか
・業務効率を上げるために、どんなツールが必要か
こうした”数字と仕組み”の意識を持つことで、仕事が「ただの業務」から「会社の成果を生み出す仕事」に変わっていった。
数字の先に人がいて、人の努力が会社の利益になる。この関係を意識できたとき、私は”働く”という言葉の意味を少し理解できた気がした。
50代になって見えた景色 ― 若い頃には理解できなかったこと

今、私は50代半ばだ。
20代の頃に夢見た「海外でキラキラ働く自分」とは、まったく違う場所にいる。
でも後悔はない。むしろ、あの「とりあえず」の積み重ねがなければ、今の自分はなかったと断言できる。
若い頃は「やりたいこと」を探していた。でも50代の今わかるのは、「やりたいこと」は見つけるものではなく、やっているうちに”育つ”ものだということ。
派遣で電話対応をしていたあの日々が、組織マネジメントを考える今の仕事に繋がっている。人生は不思議なほど、無駄がない。
30代の自分に会えるなら、こう伝えたい。
「完璧な答えなんて、探さなくていいよ。目の前のことを丁寧にやっていけば、ちゃんと道は開けるから」
おわりに ― 働くことは「経験を積む旅」
振り返ると、私のキャリアは常に「とりあえず」から始まっていた。でも、その一歩一歩が、今の自分を形づくっている。
派遣でも、契約でも、正社員でも、どんな働き方にも学びと成長のチャンスがある。
ただ業務をこなすだけでなく、”どうすれば会社に貢献できるか”を考える。その姿勢こそが、働くことの本質なのだと今は感じている。
転職は、答えを探す旅ではなく、経験を重ねながら自分の軸を見つけていくプロセスだ。
もしあなたが今、「これでいいのかな」と迷っているなら、こう問いかけてみてほしい。
「今の選択を、5年後の自分は笑って振り返れるだろうか?」
答えが「たぶん、笑えると思う」なら、それで十分。
完璧な正解じゃなくても、「とりあえず」で踏み出した一歩は、必ずあなたを前に進めてくれる。
私の50年が、そう証明している。
📖 この記事を書いた人:鍋谷
会社員(事務・派遣管理)としてフルタイム勤務の傍ら、キャリア・働き方・生き方をテーマに執筆活動を行うライター。「共感と気づきを届ける文章」を信条に、等身大の働く姿を言葉にしている。


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